シヴィペディア

文明の発展を切り口にいろいろ調べて書き綴ります

数学の応用としての造船

皆さん!数学は勉強されていますか!?私は絶賛数学勉強中です!

モチベーションの湧かない方は何でこんな勉強するのと思われるやもしれませんね!もちろん、この世の大半のお仕事でがちがちの数学を利用することはそうそうないかもしれません。ですが数学があって成り立っているものもいっぱいあるということは知っておいたほうが良いかもしれません。その一つはヨーロッパの覇権に貢献した船への応用例でしょう。

 

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新大陸の発見とベンチャービジネスの隆盛と数学的実践者の登場

イギリスは16~17世紀のロンドンでは船を活用したビジネスが盛んで、これを成し遂げまいと大学で幾何学天文学を勉強する人たちが大勢いました。彼らはこぞって、当時登場したての数学を勉強し、ビジネス参加者の家庭教師をしたり、あるいはアドバイザーにならんとして勉強していました。

 

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そしてその中から造船の現場で数学を活用する人たちが現れます。船大工マシュー・ベイカーです。彼が登場する前の造船は図面を描くことなく、勘と経験で船を作っていました。

イカーはそれまでの現場で行われていた設計と製造を完全に分離しました。そして紙面上で船の図形を媒介とし算数の計算や幾何学上の問題を解いてみせ、それまでの造船において発見しえなかった諸問題を見つけ、現場の製造に応用したのです。

 この時点ではまだまだ船の安定性に寄与する数学理論は造船現場に持ち込まれていません。しかしながら設計と製造が分離し紙面上で船に関する計算が出来るようになったという点では特筆すべき先駆けといえるでしょう。

17世紀の船の役割と状況

ところで、16,17世紀になると船に対していろいろな要求や要請が出てきます。

当時の船でも大砲が積めたり、いろいろ役割をこなせる船だったけれども、さらなる強力な大砲、積載量の増加の要請や過酷な環境での安定性には応えることが難しくなってきました。

無理に武装を強力化しようとした例としてスェーデン海軍が建造したヴァーサ号事件があります。この船は処女航海でバランスを崩してしまい沈没してしまいます。船の安定性を確保するバラストに対して巨大な大砲を船の上部に配置したため重心が上に移ってしまい、結果として不安定になり沈没したと言われています。

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引き上げられたヴァーサ号

このような事件もあった当時の船舶事情ですが、国や社会としてはビジネスや国力増進のため、また植民地ビジネスを進めるために船への要求がどんどんエスカレートしていきます。

。具体的には以下の通り。

・どの国にも負けないほどたくさん大砲を積みたい

・人間を安全に積みたい

・大西洋の航路が出来たのでもっと過酷な環境でも耐える船にしてほしい

・省力化をしたい

 

などなどです。これらを解決するにはヴァーサ号の事件の下りにもあるように船への安定度の向上が何よりも必要だったでしょう。

 

18世紀に活躍した数学者たち

この要求の元18世紀にはいろいろな数学者が復元性に関する書物で残しています。ピエール・ブーゲ、レオンハルト・オイラー、ダニエル・ベルヌーイらです。

ピエール・ブーゲはメタセンターという船舶上の概念と計算方法を発見し、それを「Traité du navire, de sa construction et de ses mouvemens」で述べています。メタセンターとは「傾心」とも呼ばれ、重心との位置関係次第で船の安定度を左右する中心点のことです。

レオンハルト・オイラーも造船学書を書いています。浮体の釣り合う状態の定義から始まり、復元性について述べた書物でした。

ダニエル・ベルヌーイはブーケやオイラーの著作の論証を用いながら、有限な傾斜角による船舶の復元性について考察を行っています。

 

これらの著名な数学者が初期の造船学に出てくるというのは思いがけないなと思った次第です。それだけ、当時は国を挙げて船舶の改良、開発に躍起になっており、また旧来の船大工による造船による問題点を解消したいという要請もあったのでしょう。ブーケに至っては上記の書物で経験に基づく当時の造船現場へ理論を提供せしめんという動機もあったと記しています。

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以降、造船業は船大工たちの勘と経験による製造から解放され、様々な理論の元作られるようになった結果、造られていく船は安定度を増し巨大な戦列艦や貨物船が登場し欧州諸国の覇権の担い手となっていきました。ヴァーサ号のような事件も起こっていません。(強いて言えば日本の友鶴事件がそれにあたるでしょうか。。。

 

現代にも残る当時の戦列艦

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当時の造船技術の成果として筆者はイギリスの一等戦列艦、ヴィクトリー号が挙げられるのではないかと考えます。何度もの戦役(有名なネルソン提督指揮下のトラファルガーの戦いも含めて)を潜り抜け、現在もイギリス海軍の現役として残っています。ヴィクトリー号は日本の戦艦三笠のような位置づけなため、イギリス国民の関心と献身的な保存活動も相まっているのでしょうが、それを差し引いてもその堅牢性は当時の造船技術の数学による飛躍化の成果ではないでしょうか。

まとめ

数百年前は船の運航や造船が最新技術や数学の知見の運用先でした。また、船の運航や造船で金を稼ごうという人たちもいっぱい居て、それに呼応して数学を勉強する人たちが増えたという時代でもありました。今のAI、機械学習ブームにも似ていますね!数学が古くから産業や国の覇権に根深く携わっていることを把握してくれたら幸いです。

 

参考文献

船 舶 復 原 性 理 論 の 展 開

16 世紀末−17 世紀初頭の英国の造船における数学の導入

 数学の実用的使用の発展